コダック社。突然のカラー印画紙生産中止から2ヶ月。在庫が尽き、印画紙探しに奔走した写真家、愛好家も多かった事だろう。僕自身、何も知らずにヨドバシへ行き、空っぽの売場を見て驚いた。幸い、お世話になっている現像所にペーパーを分けて頂き、ことなきを得たが、写真環境の変化の早さを思い知る出来事だった。
僕が駆け出しの頃、使っていたのはスライドフィルム。シビアな露出やフィルターワークはアシスタント時代に鍛えられてはいたけれど、撮影時は緊張の連続だった。現像の待ち時間も不安でいっぱい。その分、期待通り、いや、それ以上の絵が撮れた時の喜びが、写真の楽しさと醍醐味を教えてくれた。
当時(と言ってもたったの7~10年前だけど)ニューヨークのチェルシー界隈には何十件も現像所があり、早朝から夜中まで写真家、アシスタント、学生が出入りしていた。僕が通った17丁目のラボの店員達は「ようケイ。ヌードじゃないと現像しないぞ」などとジョークを飛ばす陽気でフランク、そして職人気質な連中だった。テストが仕上るとライトボックスに集まり「2/3増感した方がヌケがいい」「いや1/4だ」と意見を言い合う事で、仲間意識と信頼が築かれていた。居合わせた写真家に「これを見てくれ。いい写真だろ?」と声をかけられる事もあれば、店員達とピザを頬張り、ブルックリンのアパートまで車で送ってもらうのも日常だった。1本のフィルムごとに会話が生まれ、人と人とが繋がっていた。
あれから10年。今も暗室で印画紙に向かってる。五感を使い写真に命を吹き込む作業は、自分、そして被写体と向きあう大切な時間。その一方、デジタルは進化し、Macに向かう事も多くなった。デジタルはとても便利だし表現の自由も広がった。でもひとりモニターを見つめていると、ふと無性に懐かしくなる事がある。シャッターを押す時の震える様な緊張感。現像されたフィルムを手にする期待と喜び。そして、一片のスライドに情熱を注いでくれた、あのニューヨークの仲間達が。。。◆「life」01- a decade
